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伊賀の方とは
伊賀の方(いがのかた)は、鎌倉時代初期の女性で、伊賀朝光の娘(藤原朝光の娘)となります。
生没年は不詳です。
父方の伊賀氏は、波多野氏と同じく佐伯氏から藤原氏に改めた藤原北家秀郷流と同族のようです。
伊賀の方の祖父は藤原光郷で、代々、蔵人所(天皇の秘書のような管理担当)でした。
祖母は、清和源氏・源邦業(みなもとのくになり)の娘であり、その母が産んだのが、父・伊賀朝光(藤原朝光)となります。
父・藤原朝光(伊賀朝光)は、1189年、奥州征伐で軍功があり、1203年、比企能員の乱、1213年、和田義盛の乱でも活躍が見られます。
そして、1210年、藤原朝光は伊賀守に任じられたことから、以後、伊賀氏を称していた次第です。
母は二階堂行政の娘のため、二階堂行政の孫娘が伊賀の方となります。
母の父・二階堂行政は、鎌倉幕府における十三人の合議制のひとりで、大江広元のもと、政所令(別当)も務めた優秀な文官です。
伊賀の方ですが、鎌倉幕府2代執権・北条義時の正室であった姫の前が、1203年、比企能員の変にて離縁したあと伊賀の方が継室として嫁ぎました。
畠山重忠の乱の頃の1205年6月22日に北条政村、1208年に北条実泰を産んでいます。
2022年NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にて、伊賀の方は「のえ」と言う名前で登場させると推測され、俳優(女優)の菊地凛子(きくち-りんこ)さんが演じられます。
なお「のえ」と言う名前に関しては創作ですが、脚本家の三谷幸喜さんによると「伊賀で何があるかなと思った時に、脚本を書いた真田丸の徳川家康伊賀越えを思いだし、伊賀越えから『ごえ』だとちょっと変だから『のえ』になりました」との発言があります。
伊賀の方の兄らは、執権・北条義時の親戚になったことから重用され、伊賀光季(いが-みつすえ)は1212年に、常陸に所領を与えられ、1219年には大江親広と共に京都守護となっています。
その弟・伊賀光宗(いが-みつむね)は、政所執事を務め、甲斐国岩間牧・常陸国塩籠荘・大窪荘・陸奥好島荘・若狭国日向浦・谷田寺・但馬国広谷荘・備前国則安名・長田保・紙工保などを領しました。
父・伊賀朝光(いが-ともみつ)は、1215年に亡くなりますが、この時、葬儀に北条義時も参列した模様です。
1224年、夫の北条義時が急死すると、兄・伊賀光宗と、伊賀の方は北条政村を執権に据えようと画策します。
将軍・藤原頼経(九条頼経)を廃して、娘婿の一条実雅を征夷大将軍に擁立しようと図る「伊賀の変」を起こして、三浦義村に支援を求めました。
しかし、この密儀は漏れ、尼将軍・北条政子は大江広元とともに、側室・阿波局が産んでいた庶長子・北条泰時(ほうじょう-やすとき)を、京から鎌倉に戻すと第3代執権に就任させ伊賀の方らを謀反人としました。
北条政子の御前で、北条時房・大江広元も臨席して処分が下され、伊賀の方は伊豆・北条荘に配流とされました。
伊賀光宗は二階堂行村によって信濃・麻績御厨へ、弟・伊賀朝行と伊賀光重は九州へ流罪、一条実雅は朝廷に裁きを委ねられ越前に流刑となりますが、流刑先で変死しています。
伊賀の方は約4か月後に、危篤になったと知らせが鎌倉に届いていることから、そののちに死去したと推測されています。
墓所は、伊豆・北条荘から狩野川の反対側にある、北条義時の領地だった江間荘の伊豆・北条寺とされ、北条義時の墓の右隣に伊賀の方とも考えられる墓があります。
<注釈> 現地の解説では、佐伯氏の娘とあるが、伊賀の方の出身である藤原北家秀郷流の伊賀氏は、古くは佐伯氏とも称していたため格式が高い佐伯氏の姓名を墓碑に使った模様。
なお、担ぎ上げられた、北条政村は、兄・北条泰時の計らいもあって厳罰されておらず、のち評定衆・引付頭人・連署など歴任しています。
そして、1256年、まだ6歳と幼い北条時宗の代理(中継ぎ)として、第7代執権に就任しました。
1268年、北条時宗が8代執権になると、連署を務めています。
伊賀氏の変の翌年には、北条政子も死去し、伊賀光宗は罪を許され、52箇所の所領回復のうえ、1244年には評定衆に復帰しました。
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