源氏の解説「なんで源氏(げんじ)なの?」わかりやすく簡単に説明




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目次 contents
  1. 源氏とは
  2. 光源氏は?

源氏とは

平安時代から鎌倉時代など中心に「平氏」(へいし)と「源氏」(げんじ)と言う武士の名を、歴史上よく耳にします。
源氏としては、源氏物語の光源氏や、鎌倉幕府を開いた源頼朝などが知られますが、そもそも「源氏」とは、どのような武士なのでしょうか?
できるがきり、わかりやすく、簡単に解説・説明したいと存じます。

源氏の解説

まず、源氏の読み方としては「げんじ」のほかに「みなもとうじ」とも言いますが、一般的には「げんじ」として、知られているのは、皆様ご承知の通りです。
もちろん「姓」なのですが、平氏・藤原氏・橘氏と共に、代表的な姓名と言えます。

では、なんで「源氏」ができたのか?、何を意味しているのか?ですが、下記の通りになります。

答えを先に申し上げますと、天皇の子など、皇族の者が、皇族の身分を辞めて、臣籍降下(しんせきこうか)した際に、臣下であることを表すため、氏・姓(かばね)を与えたものとなります。
源平や平氏の氏が与えられる前から、色々な姓名で臣籍降下していました。
ただし、奈良時代後期頃からは「源氏」と「平氏」に限定されています。

源氏の「源」とは、皇室と祖(源流)が、同じだよと言う意味になっています。





どうして、臣籍降下することになったのか?と申しますと、天皇の子が多い場合、その子の中で、実際に皇位継承できる皇子は、ごく僅かとなります。
そして、皇位継承できなかった、たくさんの天皇の子がいると、皇族が増えすぎてしまいます。
しかし、皇族が就任できる官職は、もともとたくさんある訳ではなく、限られており、皇族が多ければ、財政なども圧迫することになります。
そのため、皇位継承の可能性がない皇親は、姓を与えて臣籍降下させる皇親賜姓(こうしんしせい)が行われるようになりました。

臣籍降下とは、皇族がその身分を離れ、姓を与えられて、臣下の籍に降りることを言います。

源氏としては、平安時代の814年に嵯峨天皇の皇子女8人が臣籍降下し、源姓を与えられたのが、始まりとなります。
その後の天皇も、何度も、皇族を「源氏」として臣籍に下しています。
そのため、源氏とひとくちに言っても、父(天皇)が色々で、出自が異なるため、天皇の名をとって、嵯峨源氏、清和源氏、宇多源氏、村上源氏などいくつもあり、江戸時代にも正親町天皇の子孫が正親町源氏となっています。





そのうち、平安時代の清和源氏(せいわげんじ)からは、経基王(源経基)の子孫が、とても繁栄するに至り、源満仲(多田満仲)、源頼光、源頼国と、武家として勢力をつけています。
特に、源満仲の3男である源頼信(みなもと の よりのぶ)は、河内を領して河内源氏の祖となって、武士を束ねて、平忠常の乱を鎮圧するなどした活躍から「武家の棟梁」と呼ばれるようになりました。
源義家(八幡太郎義家)の時には、前九年・後三年の役で、坂東武士(関東の武士)を傘下にし、同じく「武家の棟梁」と呼ばれています。

ただ、平安時代は、同じく臣籍降下していた、平氏の平清盛が栄華を極めていたため、源氏と平氏は争っていました。
平安時代末期の河内源氏の武将は、源義朝(みなもと の よしとも)で、その子・源頼朝は平氏を滅亡させると、征夷大将軍となり、鎌倉幕府を起こしました。
他にも、河内源氏からは、新田氏、足利氏、木曾氏、武田氏、佐竹氏、細川氏、今川氏、土岐氏、南部氏、宍戸氏など、多数を輩出しています。

足利尊氏も、征夷大将軍を任じられて室町幕府を開き、清和源氏・新田流を称した徳川家康も、征夷大将軍となって、江戸幕府を開きました。





鎌倉幕府が樹立されてから、武家が政権を担う際には、朝廷より「征夷大将軍」(せいいたいしょうぐん)に、任命を受ける必要性があります。
しかし、その征夷大将軍に、任じられるためには「源氏」である必要性があると言う慣例に、今でも、続いている伝統だと言えます。
もし、あなたのご先祖様が、源氏であれば、征夷大将軍になれる可能性が、あるかも知れない?と言う事ですね。
ちなみに、織田信長・豊臣秀吉などは、平氏出身と称していましたので、征夷大将軍になれない身分でした。
困った豊臣秀吉は、政治の権限がある「関白」となって、天下人になったのです。

光源氏は?

紫式部の源氏物語に登場する主人公に、光源氏(ひかるげんじ)がいます。
まず、源氏物語は、創造(フィクション)ですので、源融(みなもと の とおる)など、モデルになった人物がいたとしても、登場している人物は架空の人であることを、ご確認申し上げます。
ともあれ、光源氏も、源氏が出自と言う事になりますが「光り輝くように美しい源氏」を意味した通称として「光源氏」と、物語にて呼ばれている次第です。

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